父の影響
結局は自分の父親というのは、日本社会という大きなシステムの中の捨て駒でしかなく、バブル期以前の日本というのはそういうところで、男性は企業戦士として働き、家庭は顧みずに(顧みるインセンティブも余裕も与えられずに)、家父長制的な仕組みの基で、家では独裁者、会社では歯車の1つというギャップの中で、自分より立場の弱い家族を虐待して酒を飲むしか出来なかったのである。暴飲暴食が祟って胃がんで胃を切除して以来、随分と体が弱くなったようで、2年ぶりに再会した父は非常に小さく弱々しくなっていた。僕がちっとも日本に帰ってこないし、家族に連絡もしないので、このままだともう会えないかと思ってDCまで訪ねてきたのである。久しぶりに会って話をすると、体が弱くなって性格は丸くなったものの、あまり根本的なところは変わっていないようである、自分が話をするのは好きであるがあまり他人の話は聞かないところなどまったく進歩が見られないのは可笑しい。また彼は僕が嫌いな日本人の性癖の多くを備えている、ま父親が嫌いだったからそれらの性癖が嫌いになったのだろうけど。
(1)まず、西洋文化に魂を売っている様であるが、僕は食事のマナーの悪い人間は嫌いである。食べるときに音を立てるとかは最悪である。アジア人の多くは食事のマナーが悪くて、会食中に相手の食べ方が汚いとそれだけで、嫌になってしまう。そういえば昔から父はマナーが悪くて、子供心にこの父親とレストランには行きたくないものだと思ったことを思い出した。そういえばワンゲルの同期のM君も、すごい音を立ててものを食べていた、彼の場合はその野性さの故にむしろ動物園の動物を見ているようで、愛らしくもあったのだけれども。
(2)タバコを吸う人に多いのだけど、口臭が酷い人間は僕は嫌いである。半径3メートル以内には近づきたくないものである。また我が父は痰を道に吐くのだけど、それを見たときは身震いがした。Oh my god!! てな感じである。やれやれ自分のY遺伝子がこの親から来ているかと思うと、げんなりである。
(3)あと、鼻毛が伸び放題なのは、本人鼻毛をトリムするという習慣を知らないのだろうけれど、いまいちである。また、公衆で鼻をほじるのも辞めて欲しい。運転中に、料金所で75セントを払うときに、クォーターを渡してもらったのだけれども、ああ、あの鼻をほじった手で取り出した、クォーターに触れるのはいやだなぁ(我ながら小学生並みの反応だけど)と思ってしまった。(その後、無意識的にジーンズで手を拭いてしまった)
ま、そんなところである。中々低レベルの反応である。反面教師とはよく言ったもので、我が父親は器量も小さければ、反面教師としてのスケールも余り大きくは無かったようである。父親がスターリンや東条英機並の、スケールの大きな悪人であれば、僕もより大きな目標を持った大人になったのかもしれないけれども、僕が父からせいぜい身に付けたものは、良いマナーと身奇麗にするってことぐらいかな。リンカーンが言ったか言わないか、人間は40にもなればその顔に責任を持つべきであるという言葉があるけれども、父の顔は、器量の小さいけちんぼの顔である。日本昔話に出てくる、いじわる爺さんのを思い出す。
ただ、彼は頭は良いのである。そもそも性格はかなり破綻しているので、それでも社会で何とかつま弾きにされてこなかったのは、それなりに有用であったからであろう。もっともIQは良くても嘗ていわれたEQはかなり低い。ま、それは僕も余り人のことは言えなくて、social skillは昔からやや不足気味であるが、父の世代から比べれば進歩である。
毎日付き合うのは、正直しんどいので1日おきぐらいに、Daddy sittingをすることにする。それにしても、彼はある意味正真正銘の自己中心人間で、余り疑いというものを持たないのは中々素敵である。何せ今日の名言?は、「長男の僕は彼に似ていて(非常な名誉である)、(彼と仲の悪い)弟は母親にソックリだという。」 彼はこの妄言を僕の物心着いた頃から唱えているのである。また子供の悪いところは「全て」母親似だとか。彼のすごいところは、それを心の底から信じている点である。世間の父親というのは皆こんな感じなのだろうか。
良くも悪くも、自分の性格形成に多大な影響を与えた父である。多分こんな父でなければ、こんなsarcasticな性格には成らなかったであろう。一方で自分がこうして米国で働いているのはこんな父を作り出した、日本社会に対する敵愾心も一因であろう。そういえば今でも自分の基本スタンスは反権力であるし。
そう思えば今日の自分は父なくしては有り得なかった。感謝の気持ちもある一方で、「父さん、もう少し、賢く生きればよかったのにねと」言いたくなる。



デイブが教えてくれたのであるが、数年前からあったらしい。